朝4時半過ぎに、あわじ道の駅の駐車場で目を覚ます。後は帰るだけだが、京阪神地域の朝の渋滞に巻き込まれてもと、そのまま早めに出発する。お陰で8時頃には、京都を越え養老サービスエリアまで行くことが出来た。四国第6日目 そして豊田の天ガ峰入り口ボルダ−に行ってきました
2004年 5月21日記
養老サービスエリアでカレーパンを食べ、朝ご飯にする。
まだ9時なのにもう名古屋だ。ここからだったら豊田も近くだ。折角だから古美山にでも寄るか。なんとも節操の無い旅行である。
しまった。関東から東海の道路地図も、トポ集も持ってこなかった。出来れば古美山ではなく、紅陽台か天下峰に行きたかったのだが。まぁいいや。天下峰は一回行ったことがあるし。
9時半に豊田インターを降り、10時頃には古美山園地前についた。
自動車が2台停まっている。うち1台は今来たところのようだ。まだ人がいた。
話し掛けると、八王子からの人らしい。帰省の帰りに寄ったのだとか。トポ集を持っているかと聞くと持っているというので、これ幸いと、天下峰と紅陽台の場所の地図を写させて頂く。
地図を写しながら天下峰への行き方を思い出して来たので、先ずは天下峰に行ってみることにする。
古美山の駐車場を過ぎ、最初のY路を左に行って、細い道をごちょごちょと走れば、天下峰への一回では曲がれない鋭角に分岐する細い道に出る。その曲がり角で自動車を切り返していたら、後ろから自動車が来た。仕方がないから尚も切り返しを続行していたら、その自動車が後ろに下がって行く。どうやら我々の車がUターンして戻ると勘違いしたようだ。天下峰へのわき道に入りながらクラクションを鳴らして後続車に知らせる。
奥の神社の上の駐車場に自動車を停めていたら先ほどの自動車がバックで登ってくる。クライマーだったんだ。
降りてきた人にお礼と挨拶をする。
天下峰はルートの岩場だから、ルートを登りに来たのだと思ったら、彼ら、男性二人組みだったのだが、も名古屋からボルダリングに来たらしい。
話の序に、トポが無かったのだがここに来てしまったと話すと、トポが2冊あるから1冊貸してくれるという。なんと有り難い事を。謹んでお借りする。
彼らが入り口の向かって左側のボルダ−を登っていたので、我々は右側のボルダ−の前に荷物を置く。
アップもかねて一番左のやさしいところを登り、正面というか真中のc難度のマンボウという課題らしい所を触ってみる。古美山ではcまでは何とか登れたから、ここでも登れるだろうと思ったのだが、ここも大給と同じく、cが登れない。眉毛形をしたアンダーフレークを使って左上のホールドを取るらしいのだが、足が上がらないからその左上のホールドらしいものに届かない。何回かやってみたが諦める。
彼らが他に移ったので、入り口の左側の岩に行ってみる。で、彼らのやっていた課題をやってみる。
見た目は少し難しそうに見えたが、ダイクのホールドが意外と良く、そんなに難しくは無かった。続いてその右側を登る。両方b難度のようだ。
ここ天下峰の入り口ボルダ−エリアには課題が設定されたボルダ−の数はそんなには多くは無い。一応トポを頼りに全体の岩を見に行く。
トポではcのオトギロックとなっている4つ程の岩が集まった岩を確認し、次のdの木陰ロックを探す。因みに、最初に触った岩はaのマンボウロック、次に触った岩はbのマントルロックである。
しっかり踏まれた小道を登ると大きな岩の前に出る。見上げるとピンが打たれている。
その岩の先に行ってみたが道がなくなってしまう。少し迷ったが、その大きな岩の裏のほうに木陰ロック、その少し上のほうに、大きなeの狭間ロックがあった。fの社ロックはaの岩の下の方らしい。
cの岩の前に行くと、彼らがマットを敷いて登っている。
実は今回は持参していたマットを相棒に担がせて来ていたのだが、まだそのマットは使ってはいなかったのだ。
cの岩も高くは無いから、マット無しで大丈夫そうだ。彼らのマットの無いところを登ってみる。
彼らの一人が小生が登っていた岩の課題を教えてくれたのでやってみたら、離陸が出来ない。多分ミッキーマウスというb難度課題だと思うのだが、スタートホールドが細かすぎるのだ。その彼がスタートスタンスを教えてくれたが、小生にはそのスタンスは使えない。何度かやって諦める。
その課題のすぐ右隣にスタートホールドとして恰好なホールドがある。トポを見るとそこには課題は無いようだ。下地にはこれまたこの石に乗れと言わんばかりの石がある。その石からスタートし、そこを登ってみる。右側の斜めに走るリスにトウを掛けたりとか、何度かの試行錯誤の後に、何とか全てスタティックに上に抜ける。やったぁー。マットを使わなかったから、少し怖かった。
彼らと色々とお話をしながら、b難度課題を中心に、彼らの登っていた課題を一緒に登ったりとかしながら、暫く一緒に遊ぶ。
その時、マットを貸してくれると言ってくれたのだが、マットは持ってきているし、ここは使わなくても大丈夫だから使っていないのだとお話する。その後は、マットをどかしましょうかと言ってくれるようになったが、わざわざ置いてあるマットをどかしてまでしてマット無しで登るスタイルではないからと、彼らのマットを使わせてもらったりもした。
四国ではマットは自動車に積みっ放しで、岩場には持ってゆかなかったが、どうやらこういう、マットを使わないで登るというスタイルが、最近はあまり理解されないような気がする。名古屋の彼らも、マットを使わないボルダリングは怖くて出来ないと言っていた。
cの岩の一番上の少し大きな岩のスラブを登ってみる。4m位の岩で、斜面の途中にあり、下が少しハングしているから、見た目より高く見える。ここもマット無しで登っていったら、名古屋の彼らは信じられない事のように言っていた。
彼らと一緒にdの岩に行ってみる。この岩はそんなに大きな岩ではない。80度くらいの傾斜の壁の岩である。
左のカンテがb難度だったかなのだが、すごく易しい。トポを見たら手はカンテのみと書いてある。やってみたら、なんか不自然だった。
その壁は両側のカンテ付近にしか課題が無いのだが、その他の2箇所のb難度課題を登って一番奥のeの岩に行く。
この岩は大きな岩である。正面の右の方は真中辺りが傾斜が緩くなり、最後の傾斜がまたきつくなる、そんなところにa難度の課題が設定されている。aとは易しい課題のはずである。
aということだし、スタンスも有りそうだからと、登ってみる。
下部を越え、上部に出てリップをマントルしようと思ったら、ホールドが無い。傾斜もきつい。そこはマントルできそうに無い。左の方は上の傾斜が緩いから登れそうなので、左に逃げようとしたが、足がわからないから左にトラバースできない。多分大丈夫なのだろうが、3mくらい上がっているから、すべり落ちたくは無いから、踏み出せない。上に行けない、横に逃げられない。細かいホールドとスタンスで体を上げてきたから、クライムダウンも難しい。どうしよう。
後に細い木が生えている。何とか飛びつけそうである。その木に飛びつくしかないか。その木でやっと降りてくる。最初から少し左よりに登ってればよかったのかなぁ。
後でトポを見たら、破線が岩の途中で終わっている。ということは、小生が登ったところまで出終わりだったのだろうか。とすればa難度も納得できるのだが。それにしても降りるのが怖かったから、aではないかも。
彼らは一番左のカンテを使って上に行ったらしいが、岩の上から降りられないといっている。最初に見たときに左の奥から降りられると思っていたのだが。その後彼らはその左奥から何とか降りてきたようだ。
降りられることを確認出来たので、小生もその左のほうのカンテを使って上に行ってみる。因みにa難度である。そして、無事左奥から降りることが出来た。
その岩の右側壁が僅かに寝た壁になっている。そして、aからb難度の課題が設定されている。
b難度のピエロという課題らしい所を下から見ると、下部は確かにbだろうが、上部はそんなに易しくは見えない。果たして上まで抜ける課題なのだろうか。彼らもそう疑問に思ったらしい。トポにはランディングが悪いから自信のある人以外は登らないほうが良いと書いてある。まぁ、記念にと、下部だけ登ってみる。
一番左のa難度課題を登ってみる。確かにaのようだが、降りて来るのが面倒だから途中から降りる。
fの岩がまだだったので、お借りしたトポをお返えしし、二人でfの岩の方に行ってみる。
この天下峰はお宮の脇の岩場なのだが、このfの岩はそのお社の横のほうに有るらしい。で社ロックというのかもしれないが、そっちの方向に行ってみると、それらしい被った岩が見つかる。しかし、イメージとは大分に違う。少し小さすぎる感じなのだ。チョークもついていないし、掃除もされていない感じがするのである。
まぁいいやと、その被ったところをカンテを使ってリップを取り登ってみる。カンテもリップも十分にもてるし、スタンスもどこでもつかえそうな感じだから難しくは無いのだが、抜け口があまり掃除されていないから、少しいやらしい。
なんか納得できなかったから、名古屋の彼らに再びトポを見せてもらおうと戻ってみたら、彼らが降りてきたところだった。
丁度良いと、彼らに見せてもらったトポを確認すると、ダイクも走っているし、やはり間違いは無さそうだ。でも、同見てもf難度課題があるようには見えないのだが。因みにf難度とは段級にすると確実に段課題である。
序に彼らをその社ロックに案内する。
何だかんだで既に3時半になっている。あまり遅くもなれないからと、古美山に行くという彼らと別れ、来たときとは反対方向に進んで山を降り、結局トイレのある古美山の駐車場に戻る。既に八王子の人の自動車は無かった。
手を洗っていたら、先ほどの名古屋の彼らの自動車がやってくる。我々のほうが早かったのだろうか。
帰りは、国道301号で浜名湖近くの三ケ日まで行くことにする。
途中、新城市の手前の作手村という所に道の駅が有ったので入ってみたら、休みだった。
どうせ早く帰っても仕方がないからと、そのまま浜名湖の西を通って新居町から東海道を浜松に向かって走る。
この東海道には幾つかの町にその町をバイパスする有料道路があるのだが、それらは全て避けて走る。すると、そういう有料道路を避けて走る大型車が結構あるようで、結局は大型車の後にくっついてバイパスをバイパスして走った、そんな感じであった。
浜松市内に入ってガソリンスタンドによる。時間を見ると6時半である。そろそろ夕食の時間である。丁度あるファミレスの只券を持ってきていたので、そのファミレスに行こうということになり、そのファミレスのある場所を探すと、磐田だったかにあるという。浜松の次の町だ。そのファミレスに電話で場所を聞くと旧1号沿いらしい。ではそこにしようと走っていたら、いつのまにかその町を通り越している。でも、その先の掛川にもあるとの事だったので、そのまま掛川まで走る。今度は電話で確認することはせず、無かったら無かったで別のところに入るつもりで走る。
掛川の町を大分進んでも国道沿いには現れない。やっぱり国道沿いではなかったかと思い出したころに牛丼屋が現れる。あそこに入ろうと話して駐車場に入ろうとしたら、すでに暗くなっていたので、駐車場の入り口を数m通り越してしまっていた。仕方がない、といっていたらすぐ先の反対側にそのファミレスが現れた。ラッキー、である。
食事後、尚も国道1号を走っていたが、既に9時になってしまったので、国道1号が東名に近づく焼津から東名に乗り、千葉まで戻った。千葉着は午前零時半であった。