奥久慈男体山鷹取岩に行って見ました

2004年 4月 2日記
 土曜日の夜のジムの仲間からの誘いに乗り、翌日曜日に相棒と3人で、予てから気になっていた奥久慈の男体山の近くの鷹取岩というところに、ハイキングを兼ねて岩の偵察に行ってきた。

 何の気なしにインターネット上のホームページを眺めていたら、鷹取岩、入道岩の文字が目に入る。調べて見ると、袋田の滝の近くの男体山という山の近くらしいことが分かる。

 早速、男体山、鷹取岩で検索をしてみると、色々と記事が見つかる。そんな中に、「尖峰や奇岩が連なった絶景」の文字が見える。写真を見ると、成る程登ったら面白そうに見える岩峰が写っている。

 国土地理院の地図を調べると、数キロに渡って岩記号が連なっている。まるで安達太良山の胎内岩だ。これは調べしかない。

 「断崖をつくる岩石は、火山角れき岩と溶岩流です。」「火山岩は、茨城県ではここにしかありません。」そんな文言も見つかる。確かに今までに行った茨城の岩場は全て花崗岩であった。それがここだけは、火山岩、それも安山岩らしい。新鮮である。

 でも良く考えると、今までに奥久慈の矢祭山の話は聞いたことがあるのだが、男体山や鷹取岩という名前は聞いたことも無いし、見たこともない。これだけはっきりと岩の存在が確認されているのに、誰も触ったことは無いのだろうか。なんとなく疑問が湧いてくる。

 しかしこれはもう行って確かめてくるしかないだろう。という訳で、ボチボチと資料を漁っていた所にジムの仲間からのどこかに行かないかとのお誘いである。彼の希望は三峰方面か茨城方面ということだったので、一応茨城方面で、もしかすると岩探しに行くかもとの返事をすると、それでも良いとの嬉しい返事が返ってきて、日曜朝出との約束がまとまる。

 夜も遅かったので翌朝少し早めに起き、再びインターネットで資料を探し、プリンターに打ち出す。そして、再び鷹取岩付近の岩峰の写真を眺めて見る。

 なんとなく表面がざらざらしているような感じに見える。もしかすると、ぼろぼろなんだろうか。何か登れそうに無い感じもしてきてしまう。そうこうするうちに出発の時間が迫ってくる。

 急いで支度をし、相棒と2人で家を出る。

 少し走っったら、相棒が今回はガソリンは入れないのかと聞いたので、ガソリンを入れ忘れたことを思い出す。なんてこった。戻って何時ものガソリンスタンドで、何時ものカードでガソリンを入れる。

 再び出発すると、今度は折角打ち出した資料をすっかり忘れてきたことを思い出す。もう約束の時間に近い。完全に遅刻である。しかし、資料を忘れては元も子もない。再び引き返し資料を持参する。

 朝っぱらから余計なことをしてしまって、出発を慌ててしまったからか、何時に無く色々と忘れ物をしてしまったようだ。そんなこんなで、結局20分近く送れて待ち合わせの場所に到着する。

 落ち合ってすぐに、一応奥久慈の鷹取岩に岩探しに行くつもりだが、登れる岩が無い可能性が相当に高いということをジムの仲間に告げ、どうするか聞いてみる。するとその青年、やはり、前回行った某所のボルダーエリアへの40分のアプローチハイキングに目覚めてしまったので、ハイキングでもかまわないという。それではと、当所の目的地である奥久慈を目指すことに決める。

 途中、土浦北から常磐道に乗って、那珂インター迄行き、そこから118号線でひたすら大子町を目指す。

 途中、大宮町と言う所で、ジャスコの看板を見つける。えっ、どうしてこんな所に、と一瞬思ったが、どうせどこかのコンビニに入って買い物をするつもりでいたところだったので、寄ってみることにする。

 駐車場が広い。建物はそれ程大きくは無いのに、駐車場は物凄く広い。駐車場にぶつかった一般道がそのまま駐車場の下に潜り込み、その駐車場の下を真っ直ぐ貫通しているのである。何なんだこの駐車場は。

 家を出る時のどたばたで、実は飲み物も忘れてきてしまっていたので、ペットボトルの適当な飲み物を物色した。

 一応「古分屋敷」と言う所辺りを目的地としてカーナビをセットしてあったので、カーナビに従って走っていたら、大子町のトンネルの手前で、右折しろとの指示が出る。確か橋を渡った所を右折だと思っていたから、一瞬面食らったが、咄嗟にカーナビの通り右折ラインに入り、右折する。しかし、腑に落ちないから、少し先で自動車を停め、カーナビを確認すると、目的地に選んだ場所への道はこのカーナビは道とは認識せず、その目的地から大分離れた一般道上に導く導線を示していたのである。そのために遥か手前の道を右折するように指示したようだ。仕方が無いから、これから先はカーナビを無視して表示される地図だけを頼りに走る事にする。

 西金大橋という橋を渡った先の交差点まで行くと、男体山入り口の案内が現われたので、その案内に従って右折する。

 ほんの少し走ると直ぐに男体山登山口の古ぼけた小さな指導標があったのでそれに従って左折する。物凄く細い道である。指導標にしたがって曲がってきたのだから間違いは無いのだろうが、何しろその指導標が小さくて古かったし、国道からの案内板に比べると余りにもお粗末だったから、なんとなく心細くなってくる。

 全く対向車とすれ違うだけの余裕の無い道を曲がりくねりながら登って行く。本当にこの道なのだろうか。

 途中、Y字路が現われる。またまた、やはり古ぼけた小さな指導標に男体山登山口とある細い方の道に入る。

 少し降って行くと、広い道にぶつかる。こんな山の中に何でこんな広い立派な道があるんだ。文句をいっても仕方が無いから、案内板を探す。でも、登山口の文字は無い。男体山が目的ではないし、この辺の岩壁からのボルダーを探すことが目的だからと、適当に鷹取岩の方向だろう左に曲がってしばらくその道を走る。

 道端に駐車スペースのある看板を見つけたので、寄って見る。

 なんだか分かりにくい地図である。基本的に自動車の道が中心で、登山道や山の名前は殆ど書いてはいない。役に立たないじゃないか。上のほうにあるだろう大岩壁も見えないし。

 戻って先ほどの交差点を通り過ぎると、道端に何台か自動車が停められている。尚も行くと、右側に自動車が10数台止められた駐車場が出現する。登山者らしい集団もいたので、自動車を停め、聞いてみると、男体山の登山口はそこからその立派な道を少し行ったところか右に入ってゆくのだと教えてくれる。序に鷹取岩のことを聞いてみたが、どうやら知らないようだった。

 地図で見ると、大円地というところから大円地越という所までの一般の登山道沿いの沢の辺りに露岩記号があるから、先ずはその辺に行って見ることにする。

 駐車場はいっぱいだったのだが、道を聞いたグループが帰るところだったので、その自動車の出た跡に自動車を入れ、支度をする。

 立派な道からコンクリート舗装された坂道を少し入ると間もなく民家の脇を通る小道になりそのまま山に入ってゆく。畑を抜けるといよいよ山に入ってゆき、間もなく人工林の中に入ってゆく。どうやら檜林らしい。

 ボルダーが見える。結構大きなボルダーである。あっちこっちに見える。道を外れてそのうちの一つに近付いて見る。

 表面がブツブツである。触って見ると、硬い砂に小石が挟まっている、そんな感じである。出っ張った小石を引っ張ったら取れた。だめだ。硬そうに見える砂の部分を触ると崩れる。やっぱりだめだ。

 小石がホールドやスタンスを提供するから、被っていれば結構面白そうな岩なのだが、いかんせん脆い。被った面も結構持っているから、いかにも残念である。この辺は一番下辺りだから、もう少し上に行けば、もう少ししっかりした岩が出てくるのではないかとの淡い期待をもって先に進む。

 登るにつれ、登山道の硬いしっかりした石の大きさが最初は10cm角くらいだったのが、段々大きくなって30cm、40cm位のが出てくるようになる。なんとなく期待を持たせる。

 確かにボルダーに挟まっている石の大きさも大きくなってきたような気がする。溶岩だけが固まった岩がもしかすると見つかるかも知れない。そんな期待も膨らんでくる。

 男体山の山腹の大岩壁が目の高さに近づいてきた様に感じる。そろそろ峠が近づいてきたような感じである。

 なんとなくまた道の固い石の大きさが小さくなってきたようだ。また振り出しに戻ってしまったようだ。そんなぁ。

 遂に大円地越に到着してしまう。周りにボルダーは見えない。やっぱり駄目だったか。

 東屋に休んでいるグループがいる。別の一団が男体山方面から降りてくる。登ってくる途中、何人かとすれ違った。やっぱり相当の人たちが入っているようだ。ここで休みたいが、人が多いから、小草越まで30分とかかれた指導標に従い、そのまま鷹取岩方面に進む。小草越ってどの辺なんだろう。地図には書かれていないようだから、それがどこなのだかはわからないが、少なくも鷹取岩よりは手前であることに間違いはないだろう。まだ先は長そうだ。って、実は2万5千分の一の地図には鷹取岩も出ていないから、この先どれくらい有るのかも分からないのだが。

 稜線に出れば上は平らなのかと思ったが、意外と峠からの登りがきつい。ここから鷹取岩まではどのくらいかかるのだろうか。既に岩探しは半分以上諦めてはいるが、鷹取岩の周りは多分平なのだろうと想像し、その周りには写真で見たような小さな岩峰があって、若しかしたら登れるのではとの淡い期待を未だ残している。

 この鷹取岩へのルートはメインルートに比べれば人は少ないようだ。殆どの人たちは男体山を登りに来ているようである。でも、我々は男体山を登りに来たのではない。あくまでもボルダーを探しに来たのである。

 稜線の縦走路はほぼ垂直に切れ落ちた岩壁の淵を辿るように付けられている。もし足を踏み外せば2〜30mは真っ直ぐに落下し、大変なことになりそうな道である。場所によっては反対側も切れ落ちている。所謂蟻の門渡りのような所も出てくる。それ程大きな木は無いから、そこそこ展望も利く。

 やっと一つのピークを乗っ越す。しかし、また急な下りが現われる。これはこの先まだまだ大変そうだ。

 相棒が、ここを引き返えして来るのかと聞くから、まだ分からないけど、その可能性も高いと答える。言われて見れば確かに、もしそうなったら結構大変な道である。

 結構展望の利くピークに夫婦連れが休んでいる。多分櫛が峰というところなのだろうがはっきりはしない。一応声を掛けて先に行く。

 我々も歩き始めて既に1時間は過ぎているから、そろそろどこかで休みたいのだが、適当なところが見つからない。まだしばらくだらだらと登ったり降ったりする。

 先ほどの小草越と書かれた指導標のあるコルに到着する。ここが小草越なのか。見ると、古分屋敷側に降りている沢の中に道が降っている。この道で下れるかどうか少し先まで見に行くと、沢床に降りるところに立派な鎖がつけられている。この道は使えそうだ。

 そこから少し登りかえしたところに、縦走路から僅かに外れた小さなピークを見つけ、そこで休むことにする。

 自動車を置いてきた駐車場は直接は見えないが、その付近の道や民家が足下にはっきりと見下ろせる。本当に真下なのだ。もう真っ直ぐに斜面が切れ落ちている感じなのだ。確かに足の下は大絶壁の様だ。

 先ほどの夫婦連れがやってくる。そして、凄く早いですねと話し掛けてくる。いくら歩いても追いつかないから何所に行ってしまったのかと思ったとも言う。まぁ、我々は早いと言う自覚は無いが、そういわれれば最近のハイキングで抜いたことはあっても抜かれたことはない様に思う。確かに普通の人達よりは少しは早いのかも知れない。

 我々が歩き始めると、先ほどの夫婦連れが道の脇で休んでいる。で、また少しお話をする。

 何所まで行くのかと聞くと、古分屋敷までだと言う。古分屋敷とは多分我々が自動車を置いた場所である。確かにそうだろうが、小生の聞きたいのはそういうことではない。この稜線を何所まで行くのかと言うことである。で、鷹取岩まで行くのかと聞くと、そうだと言う。続けて、そこからはどう降りるのかと聞くと、鷹取岩の少し手前のフジイ越というところから降る道があるのだと言う。そして、手書きの地図を見せてくれる。

 その地図を見ると、先ほどの小草越からの下山路は困難な道と書かれている。フジイ越からの道には良好な道と書かれている。先ほどの道がそうは見えなかったので、あそこから降ろうかと思っていたのだがと話すと、あの道は途中ザレているらしく、彼らが以前に下ってえらい目にあったと教えてくれた。そうすると、やっぱり鷹取岩から降るのが一番良さそうなので、鷹取岩から降ることに決定した。

 礼を言って先に進む。

 途中、フジイ越からの鷹取岩への登りは、露岩に大きなスタンスが刻まれていたり、ロープが張られているところがあったりと、結構急できつい登りではあったが、程なく鷹取岩と書かれた看板のあるピークに到着する。

 途中、2万5千図をA4版にコピーしてきたものを見ていたものだから、黒一色で、非常に見難く、岩印が反対側に見えたりとか、稜線がもっと平らなはずだがとか、歩きながら見ていたせいも手伝って、何がなんだかわからないうちに着いてしまった。おまけに、地図上の場所も正確には特定できないでいる。地図を見ながら歩いたのなんてもう何十年も前の話だから、その地図が物凄く見難いものであったとはいえ、すっかり勘は鈍ってしまっていたようだ。

 反対側から一人の小父さんが歩いてきた。少しお話をして、地図上の位置を聞いたら、小生の想像した場所がそれ程はずれてはいなかったようだったから、少しは安心はしたが、こんなに分かりやすい場所が万が一間違っていたとしたら、それこそ本当に大ショック物ではある。

 しばらく景色を眺めていたら、先ほどの小父さんが、向かいの岩峰の向こう側に見える斜面をロープを使って降りているところが見えてくる。やっぱりあそこをあんな風に降りるのか。

 向かい側のピークに先ほどの夫婦連れが姿を現し、我々に手を振ってくる。我々も手を振り返す。

 平だと思った鷹取岩でのボルダリングを諦め、そろそろ降ることにする。

 そろそろ先ほどの夫婦が現われる頃だから、少し待たなければならないかとも思いながら歩き始めると、やはり下のほうから夫婦連れが登ってきた。

 会うなり、やっぱり早い、飛んででも来たのかと思ってしまったとまたも言われる。そんなに早いのだろうか。またまた考えてしまった。

 降りながら、その早いと言うことを考えて見たら、相棒のいる我々のペーストしては、確かに驚異的に見えてもおかしくは無いとの結論に達する。ジム仲間の青年や、その青年と小生との2人連れで有ればそうは早くは感じなかったのかも知れないが、どう見ても中年から高年に近いおばちゃんである相棒と、もしかすると老年にも見える小生との3人連れが歩くスピードではないと考えたとしても、あながちおかしくはない様に思われてきた。因みにその夫婦連れはおそらく小生とそれ程年齢は違わないように見えるから、仲間と考えてくれたとすれば、むべなるかなである。

 一応は岩を登ろうとやってきた鷹取岩である。しかし、未だ岩に触ってはいるが、登ってはいない。折角だから、どっかで一回でも登りたいと青年が言う。小生もそう思っている。もう降りも半分を過ぎてしまったかも知れない。もうそろそろボルダーもなくなってしまう。で、どっか1つだけでも登りたいねということになる。

 きょろきょろと岩を物色しながら降り始める。あれ、かっこよさそうだね。確かに格好は良さそうだけれど、落ちたらやばいよ。そういわれれば確かに高いね。あのスラブはどう。あれも高すぎるよ。

 中々良い物件が見つからない。そうこうする内に植林帯に突入する。もうそろそろ終わっちゃうよ。

 登山道脇に、適当な大きさの下がほんの僅か被ったボルダーが出現する。これしかないか。

 荷物を置き、岩を触ってみる。なんとなく登れそうではある。しかし、青年は岩が欠けそうだという。フラットソールで細かいスタンスに立とうとすると欠けそうだが、運動靴のまま大きなスタンスで登れば、多分大丈夫だと、小生が最初に登って見る。

 今まで書き忘れていたが、小生のいでたちは何時ものボルダリング時の格好、すなわち、クライミングパンツに上はTシャツの重ね着であり、履物は普通の運動靴である。決してハイキングをする今時の格好ではない。青年もしかり、相棒に至ってはフリースの上着に履き古したスニーカーである。どう見てもハイカー集団には見えない格好なのである。

 まぁ、そんなことはどうでもよいので話を戻すと、慎重にスタンスを選び、足の裏全体でスタンスに乗る。手は適当なガバをつまむように持ち、決してホールドに大きな加重はしない。また足を選んで、崩れないだろうスタンスに移動する。2歩くらいで僅かなハング帯は抜けるが、尚も慎重に足を運ぶ。傾斜が寝てくると、岩の表面に木の葉っぱやゴミが溜まっているから、丁寧に払って、足を置き手を伸ばす。

 一瞬動く石を掴んでしまったが、特に問題は無い。ノーハンドに近い傾斜まで進み、その先に進もうとしたら、その先は岩が無い。下からでは1枚に見えた岩肌は、途中で切れており、2つの岩が並んでいたのだ。その切れ口は垂直である。それでも問題は無い。そのままその切れ口に沿って地面迄降りる。

 怖いと言えば怖かったが、怖くないと言えば怖くも無い。面白いと言えば面白いと言えなくも無いが、決して面白くは無い。なんとなく不思議な体験である。

 青年も運動靴でそこを登り上に抜ける。相棒はそのシーンを一応写真に納める。

 やった。これでやっとボルダリングの目的が達成された。おめでとう御座います。お互いに言い合って、降りを急ぐ。

 先ほどの夫婦の話になり、我々が追い越したら直ぐに後を追ってきたのだろうかという疑問が出てきた。2回も、それも2回目は飛んできたのかと言われたと言うことは、あれは間違いなく、我々が追い越した直後に追ってこなければ出ない話だという事になる。でなければ、追い付かなくて当然の話になるのだから。そして序に、あの早いと言う話は相棒のことではないかとの先ほどの小生の結論をも披露することとなった。

 植林帯も抜け、いよいよ民家の庭先のような所を抜け舗装道路に出る。

 そこが何所なのかは俄かには分からない。下る方向に行けば間違いないだろうと降り始める。途中に案内板があったので見ていたら、一人の女性が寄ってきて、何所から降りてきたかと聞くから、鷹取岩からだと話すと、その人たちは男体山を健脚コースから登り、一般コースを降りてきたと言う。そう言えば先ほどの夫婦連れも健脚コースで男体山に登り、鷹取岩まで行くと言っていた。普通は健脚コースで男体山に登り、一般コースを降るのが定番のようだ。

 その女性は男体山頂の展望のすばらしさを頻りと話してくれた。やっぱり奥久慈にくれば男体山に登らなければいけない気分になってきた。3人で再度の男体山登山を期し、尚も降っていった。

 どこかで見た場所に出てくる。そう言えば、広い道に出る手前の登山道の指導標のあった分岐ではないか。と言うことはここを行けばよいのだ。ゆっくりと駐車場まで歩いていった。

 あれだけいた自動車の大半が既にいない。5〜6台の自動車が停まっているだけである。皆さんやっぱり早いのだなぁ。

 帰りは、先ほどここを出るときに聞いた、来るときよりは道の太い方に降るべく、反対方向に走り、滝倉を通って上小川と言う所辺で118号に合流した。と思うのだが。

 途中、山方町辺りで相棒が道路わきのトイレを見つけたので、手を洗うべくそのトイレに寄る。

 そこは道の駅のような観光物産館見たいな建物が建つ場所であった。

 その駐車場の脇に児童公園がある。そして、その公園の中にヘリコプターが置いてある。行って見ると、自衛隊が使用していたらしい本物のヘリコプターである。風防用のプラスティックが壊れており、中に乗ることが出来たので乗ってみたら、せせこましいものだから、見事に腹筋が釣ってしまった。別に筋肉を使ったつもりは無かったのだが、結構知らず知らずに筋肉を使っていたのかも知れない。

 来る時に通った大宮町を再び通ると、ぼけっと走っていたものだから、バイパスに入り損ね、街中の道に入ってしまう。混んでいる訳ではなかったので、見物がてら走って行くと、ニュータイプの古本屋が現われる。続いてカスミストアだったかのスーパーが現われる。その横にはココスもある。ビデオレンタル屋も現われる。ジョイフル山新まで現われる。凄い町だ。水戸に近いわけでも無いし。何があるのだろう。本気で考えてしまった。

 帰りは急ぐわけでもないから、国道6号を、途中一部渋滞を迂回はしたが、土浦まで走り、何時もの道で千葉まで戻る。

 とまぁ、以上、なんだか訳のわからないボルダリング行なのだが、実はこれも小生の最近のボルダリングの一つのスタイルなのである。

 ということで、今後はこのようなボルダリング行が増えるかも知れないが、その辺は宜しくご贔屓の程お願いしておこう。


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作成年月日 平成16年 4月 2日
作 成 者 本庄 章