豊田城山城跡ボルダーその4

2006年11月28日記

 豊田の城山城跡エリアに行ってきた。今回は、某ボルダラー集団連合の合同合宿に一日だけお邪魔したものである。

 ここ暫くローカルコンペのお手伝いとかが続き、なかなか名古屋方面に行けなかったので、久し振りに名古屋にでもと考えていたところ、某ボルダラー集団関係のブログで合同合宿に出発するとの書き込みを発見した。そういえば、今回は豊田方面だと聞いていたことを思い出し、名古屋の序に豊田に寄ることにした。

 何時もの豊田ならばお昼頃に古美山に着けば、皆さんとご一緒させていただけるのだが、今回は、全国規模のって、正確には知らないが、少なくとも東北、東海、近畿、四国からボルダラーが集まるイベントだから、そんなに遅くなるわけには行かないと、何時もより早く出かけるつもりであったのだが、やっぱり、と言うことで、夜中の12時前の出発となってしまった。

 余裕を持って出発していれば、両端で早朝夜間割引、通勤割引を使う、中抜き利用の方法で高速を利用できるのだが、出発が遅くなってしまったので、夜間割引だけの、豊田までの通しの利用となった。

 前日は夕方から少し寝ていたので、それほど眠気を催すことも無く、ノンストップで浜名湖のサービスエリアに到着した。因みに、4時頃だった。ここまで来ていれば、後は1時間かせいぜい2時間だろうからと、そこで仮眠することとした。

 駐車場はほぼ満員状態だった。自動車の後部座席には名古屋に届けるための椅子やらなにやらの少し嵩張る荷物が載っていたので、寝るためには、その荷物を前席に移動させなければならない。と言うことで、駐車幅の広い小型大型兼用の駐車スペースに自動車を停めた。

 左は大型のトラック、右は大型バス。共にエンジンはかけっぱなしだ。自動車の外に出て、そのことに気付き、少し思案をしてみたが、何時ものことと、そこから移動することはしなかった。

 寝る頃には右の大型観光バスは出て行ったのだが、寝ている最中に結構うるさい人声が聞こえてきたみたいだったので、トイレに結構近い場所だったから、何台かの観光バスが停まったのかも知れない。

 朝は7時前に目を覚ました。外に出てみると、相変わらず自動車はいっぱい。トイレ付近にも人の塊が幾つか出来ていた。土曜日では有るのだが、なぜこんなに朝早くから人がいるのだろうとの疑問が起こってきた。相棒に聞いてみたら、行楽シーズンだからと言った。それにしてもねぇ。つい、心の中で言ってしまった。

 7時頃サービスエリアを出発し、豊田東インターから高速を降りた。

 この豊田東インターは、東海環状自動車道という高速道路のインターらしい。そのせいかどうかは知らないが、豊田ジャンクションで東名から別れた後、インター出口の結構先まで行ってからUターンしてくる構造になっている。走りながら、なんだかものすごく損をした気分になってしまった。

 まだ8時を回ったところだ。少し早すぎたようだったので、以前から寄ろう寄ろうと思いながら、なかなか寄れなかった、志賀町のボルダーを見に行ってみる事にした。

 志賀町は巴川の右岸だから、豊田市内からだと松平橋の袂を左折すれば良いのだが、豊田東からだと巴川の左岸を走ってくるので、松平橋を渡ってゆくことになる。不確かな記憶を頼りに、松平橋を渡り、巴川に沿って走る道に入って行ったのだが、その記憶の、道の突き当りが神社になるような場所は現れない。途中で引き返し、巴川方向に分岐する少し細めの道に入ってみたら、何時も古美山に行くときに気になっていた巴川に掛かる橋の袂に出てしまった。

 志賀町のボルダーは無くなってしまったと聞いた気もするので、そのままその橋を渡り、古美山の駐車場に行ってみた。

 古美山園地に着いたのはまだ8時過ぎだった。2台ほどの自動車が停まっていたが、それらしい自動車の姿は無かった。まだ早すぎたようだ。

 ここ古美山の駐車場はそれほど広くはない。何台もの自動車は駐車できないので、もしかしたら、下の足助街道沿いの大滝の駐車場で待ち合わせかもと思い、大滝の駐車場に行ってみた。

 やっぱりそれらしい自動車は見当たらなかった。一応9時頃まで待ってみたが、その気配は無かった。やっぱり古美山に戻るか。

 古美山に戻ると間もなく、何時もお世話になる方がやってきた。ご挨拶をして、今回の合同合宿について、そのお世話をしてくださるだろう方のお名前を出して、聞いてみた。そうしたら、大田でやるようなことを聞いたと教えて下さった。やっぱり、大田か。百台置ける駐車場があるからなぁ。

 その方にお礼を言って、大田の駐車場に行ってみた。

 居た。沢山いらっしゃった。懐かしい顔、顔が。早速ご挨拶をし、仲間に混ぜてもらった。

 考えてみれば、確かにここしかないよなぁ。新しい大きなエリアもあるしなぁ。

 その後、社長をお迎えし、新しいエリアである、皆で城山城跡エリアに向かった。

 一応、大田エリアのボルダーの下を通り、大田エリアの天辺の大展望岩というのか、ものすごく大きな岩を回って、ハーフドームロックの前に出て、おさらいロックと突き当たり岩の間を通って城山城跡エリアに行った。

 最初は槍エリアである。槍ヶ岳ロックの脇から分裂岩の下の三段壁岩の上辺りに荷物を置き、合合セッションが始まった。

 分裂岩のグループから分かれ、下に下った何人かのグループは、もたれ岩のアンタッチャブルや、ドラゴンボール岩の武天老師などを触っていたが、小生にはそんな難しい課題は出来ないから、そのまた下のかまぼこ岩や懸垂岩、森林限界岩などを見に行った。しかし、そこまで下ってくる人は誰も居らず、岩も最近触られた形跡が殆ど見当たらない。仕方が無いから、またもたれ岩まで戻って他の人たちのトライを見物していた。

 ドラゴンボール岩の優しそうな面を登った人が居り、下にはマットが残されていたので、そのマットの端っこからスタートして登ってみた。多分課題名のないa難度課題だと思う。適当にホールドもスタンスもあったから登ることができた。

 もたれ岩の皆さんがトライしていた多分アンタッチャブルという課題のある面の左側の面が傾斜もあまり無く、カンテも使えそうだったので登ってみようと思ったのだが、ちょうどアンタッチャブルで使うホールドをスタンスにする感じなので、皆さんのトライが終わってからということで、先に見た懸垂岩にまた行ってみた。

 懸垂岩の懸垂をする課題は難しそうだったので、その右側の面の易しそうなところを登ってみた。確か、カンテ右のアンダーフレークを使う課題だったと思うのだが、何とか登ることが出来た。

 上から初めてお会いする男女のペアが降りてきたので、一緒に森林限界岩に行った。男女ペアはなめたらあかんという課題を触っていたので、小生はその下の、森林限界岩Uの少し高いラッキョという課題を触ってみた。ほぼ垂壁で、4m近く有りそうなところである。

 見た目は少し難しいかと見えたのだが、要所要所にホールドがあり、得意系でもあったので、それほど難しくなく登ることができた。続いて、その右側のひげというa難度の課題をやってみたら、高さも少し低くなるし、ホールドもガバだったので、楽に登ることができた。

 男女ペアが降りてきて、ラッキョやその左の壁を触り始めたので、小生はその岩の左隣の小さな岩のマントルをやってみた。

 高さは2mちょっとで、リップ直下の右カンテ奥にガバホールドがある。右手はそのガバ、左手はリップで離陸し、マントルを返す課題である。

 最初は、右奥のリップを持とうとしたりして失敗したが、右手ガバをプッシュして何とかマントルすることが出来た。

 そこを、ペアの男の人が、左足のヒールで乗っ越していったので、もう一度真似をしてやってみたら、そちらの方が易しかった。

 その方が、先のラッキョを途中のホールドを飛ばしてやったので、それも真似をしてみたら、そっちも登ることができた。

 カップルが登っていたなめたらあかんをやってみた。難度はaである。

 フレークでスタートし、リップ上のホールドを探したら、ホールドがない。傾斜は少し寝ているから、何とか結晶を押さえつけて、とも考え、少しやってみたのだが、手がズルズルと滑って来た。今回の岩はなんだか湿気ているようだ。ここで無理してもしようが無いと、諦めた。

 もたれ岩にトライしていた人たちがいなくなったようなので、左の壁のスラブというカンテを使って登る課題を登ってみた。

 本当はカンテを天辺まで登るのだろうが、途中で怖くなったので、カンテの途中で左の壁に上がってしまった。

 分裂岩まで戻ると、デルタという課題を登る人と、その下のスラブ面のバック・トゥ・ザ・フュチャーUという課題を登る人に分かれてセッションが行われていた。

 デルタは、最初にここに来たときに触って、マントルで失敗した課題だったし、前回も登れると思っていながら登れなかった課題だったので、今回はと思っていたのだ。しかし、上手な人達が皆手こずっていた。やはり岩の状態は悪いようだった。

 暫く皆のトライを見ていたが、下のスラブという課題に混ぜてもらってやってみた。

 皆さんのチョーク跡に従い、左手と右手を置き、左足を決めて離陸し、右足を少し開いて、目星をつけたところにおいてみたら、右足が置けなかった。

 次は、右足を少し変えて、右手を次のホールドに持ってゆこうとしたら、身体を剥がされた。やっぱり駄目だった。

 デルタも何人かが登り、少し空いてきたみたいだったので、混ぜてもらって、やってみた。

 三角フレークホールドを持ち、足を適当にスメアして、左斜め上のカチを取りに行ったら、届かなかった。以前は確か届いたはずなのだが。

 その後は、フレークにヒールでリップを取りに行くのだが、第一手目のホールドが取れなかったので、その課題は諦めた。

 かまぼこ岩に居た人達は俊トラ岩の方に行ったらしいので、小生も俊トラ岩に行ってみた。こちらも結構な人達が居た。何せ、総勢では30人近い人達がいたらしいのだから。

 俊トラは難しいからと、その下の岩を見に行ってみた。このエリアも2回目か3回目である。実は、俊トラ岩の下は、一休さんエリアなのだが。

 別のグループが一休さん岩のハットリくんという課題をやっていた。このハットリ君は、今回の世話人さんのお勧め課題の一つだったのだ。

 少し大きな岩の一番下の丸っこい面白い形をしたカンテを登る課題なのである。トポの解説には「ルートを読む力を試される好課題」とある。

 子連れの夫婦の方が挑戦していたので、それを見ながら、周りの岩を物色してみた。

 以前、小生のページを見てボルダリングを始めたという方が登っていたスラブを見てみたが、全く登れる気がしなかった。鳶岩の気分転換という斜めに走るダイクのみを使用して登るお遊び課題も苔が戻っていた。

 何方かが、ここで毎回お世話になる方がお見えになったようなことを言っていたので、聞いてみた。すると、俊トラ岩の方に登って行かれたと言ったので、早速俊トラ岩に戻ってみた。

 俊トラ岩では、何人かの人達が俊トラという斜上するダイクを登る課題に挑戦していたので、何時もお世話になっている人を探し出し、ご挨拶をして、ご一緒に暫く皆さんのトライを見学していた。

 名古屋からの、今回の仲間とは違う仲間の人が、俊トラ岩の側壁を登っていたので、見に行ってみた。

 皆がトライしている俊トラのある面の右側の面に、きれいなクラックが走っている。途中には小さな木が生えているクラックである。難しくはないというので、小生も登ってみた。ジャミングではなくレイバック気味に登れたから、難しくは無かった。

 名古屋からの方が先に登っていた、反対側の課題、多分小手調べという課題だと思うのだが、を登ってみた。まぁ、a難度課題だから何とか登ることが出来た。

 俊トラのサスケに合流してからのマントルで、四国からの人が飛び降りてきたシーンを眺めた後、再び一人で一休さん岩まで降りていった。

 一休さん岩では、ご夫婦の方に加え、何人かの新しい挑戦者を向かえ、相変わらずセッションが行われていた。

 小生は、一休岩の上の、L岩に行き、左側の岩の垂壁のカチカチの課題を登ってみた。確か以前に来たときに離陸が出来なかった課題のはずであった。

 この壁の左のカンテ沿いにはリップ直下までフレークがあるので、それを使うと簡単に登れるのだが、ちょっと右側のカチホールドで離陸してリップ直下のフレークを取りに行くと、少し悪くなるのである。そこが離陸できなかった様な気がするので、そこをやってみた。

 右手はそこそこ掛かるカチ、左手はもう少し悪いというか、あまりかからないカチがあるのだが、良いスタンスがないのである。少し左よりの下にスタンスがあるのだが、少し左過ぎるから、右手のカチが持ちきれないのである。

 何回かリップ直下のフレークをデッドで取りに言ってみたのだが、なかなか手が届かなかった。なおもしつこくやっていたら、右手が固められるようになってきて、きれいに離陸が出来るようになり、右手を利かせて、きれいにリップ直下まで手が出せるようになった。最初のは的が外れてしまったが、2回目にはうまくフレークが持て、登ることができた。なんとなく嬉しかった。

 一休さん岩の前に行くと、何時もお世話になっている方が、面白いスラブがあると教えてくれたので、その課題を登ってみた。あまり良くは覚えていないのだが、熊岩のあらい熊という課題だったような気がする。確かb難度だったと思うのだが。

 結構細かいホールドが、要所要所にあったので、やっとではあったが、何とか登ることができた。

 いつもお世話になる方と、名古屋からの方が大八岩のペンギンという課題を見に行くと言うので、小生も少し遅れて見に行ってみた。ペンギンは今回の世話人お勧めの課題でもあったのだ。

 世話人お勧めの課題だけあって、既に何人かの人達が取り付いていた。

 この課題、TとUがあるe難度課題なのだ。当然小生の課題ではない。

 その横には、大八というb難度課題がある。少しだけ寝ているし、なんとなくスタンスも有る気はするのだが、やはり、出来る気がしなかった。

 ペンギンの1.5とかが飛び出したりしたが、結局小生の前では何方も登れず、薄暗くなってきたので、皆で帰ることとなった。

 戻る途中で、仙台からの女性が二人で取り付いていた、仲立ち岩の仲立ちという課題を一緒に触らせてもらってみた。

 薄被りのきれいな壁に、適当にガバチックなホールドがあり、3手目辺りでリップを取りマントルと言う感じの課題である。1手目の右斜め上の斜めのホールドが少し遠いので、やる前はそこが取れないかもと考えたのだが、やってみたら、意外とそのホールドは取れた。次は左上の、これもガバである。これも、何とか取ることができた。しかし、リップが少し遠く、手を出すことが出来なかった。

 結局仙台からの二人も同じようなところまでで、仲良く日暮れで敗退してしまった。上に回ってリップを見たら、それほど良いようには見えなかったが、足がありそうだったので、疲れていなければ何とかなったのにと、勝手に思いながら、電池の切れ掛かったヘッドランプの弱弱しい光で帰ってきた。

 ほかの人達は、三河湖で泊まり、明日も登ると言うことだったのだが、小生は、本来の目的の名古屋に行かなければならないので、この日一日でお暇をした。

 豊田市内が物凄い渋滞になっていた。153号線の、2車線から1車線になる辺りからの渋滞がモロに豊田市内に影響を与えていたようだ。カーナビの地図を使って、少し裏道に入ってみたが、狭い街中の主要交差点が皆詰まっていたから、結局は大して早くはならなかったよう気がしたが。

 翌日は名古屋でウダウダして、出発が夜の9時を過ぎてしまったものだから、家に着いたのは夜中の2時を回ってしまっていた。


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作成年月日 平成18年11月28日
作 成 者 本庄 章