朝日山・三吉ボルダーに行ってみました

2005年 6月 1日記
 日曜日の日に、近くに用事があった序に、相棒と二人で行ってきた。

 朝、何時もよりは少し早めの8時頃、家を出発する。

 カーナビをセットすると、所沢経由で飯能までの道を指し示している。所沢までは慣れた道である。カーナビの指示を無視して、松戸から外環を使うことにする。

 待てよ、もしかして競馬の開催中だったらどうしよう。カーナビをチェックすると、やはり、原木から中山競馬場の前を通って松戸迄行く道は渋滞しているようだ。以前は渋滞避けに良く使っていた、湾岸道路を市川まで行き、そこから江戸川沿いに松戸まで行く道を久しぶりに使ってみることにするか。

 湾岸道路を千鳥町の手前で降り、江戸川放水路の左岸沿いの工業団地のようなところをゴチョゴチョと走る。ここは以前から、湾岸道路の下を潜り、何回かゴチョゴチョ曲がってバス通りへの直線道路に出るところだったのだが、その辺のゴチョゴチョした道は余りはっきりとは覚えてはいない。カーナビの指示に従って走ってみたら、その直線道路には出ず、河沿いの細い道をやっぱりゴチョゴチョ走って、いきなり行徳橋の袂近くに出てしまった。

 後は原木からの道に合流し、国府台から矢切を通って松戸に入る。そして、葛飾橋で江戸川を渡り、外環の側道である国道298号線に入ってゆく。

 ここで、「矢切」の読み方だが、決して「ヤギリ」ではない。「ヤキリ」である。古くは「ヤキレ」である。「ヤギリ」は、何も知らない輩が勝手に言いふらした読み方で、地元では「ヤギリ」等とは決して言わなかったのだ。それが、何時の間にか北総鉄道とかの駅が出来て、それが「ヤギリ」を名乗るまでになってしまったのである。

 以前、北八だったかにある「白駒池」を最近は「シラコマイケ」と誤って読まれているから、正しく「シラコマノイケ」と読まそうという運動をやっている人のHPを見たことがあるが、その時はあまり気にしなかったが、この「矢切」を思い出したとき、なるほどなと思って、改めて親近感を覚えてしまったことがある。  まぁ、ここでその人と一緒になって怒って見ても始まらないから、諦めるしかないのだが、小生は終生「ヤキリ」と言いつづけるであろう、とだけ言っておこう。序に「国鉄」はあくまで「国鉄」であって「国電」である。決して「JR」や「E電」ではない、ってなんのこっちゃ。

 少し前までは、この298号は工事中の区間が多く、片側一車線になったり二車線になったり、外環の高架の下を走ったリ、高架の下から横にずれてみたり、それが、突然あっちに移されたりこっちに戻されたりと、走るたびに状況が変わる感じで、結構走りにくい道だったのだが、工事もほぼ終わったのか、すっきりと全て片側2車線に落ち着き、あっちこっちと振られることも無く、走りやすくい道となっていた。

 その298号を何キロか走ってから外環に乗るのだが、この298号、これから外環で行こうとしている和光まで、多分ずっと外環に沿って走っている感じなのだ。今回はそれほど急いでもいないし、完全に和光まで繋がっているかどうか調べてみるか。と言うことで、その綺麗になった298号線をそのまま走り続けてみた。

 三郷から中川を渡る辺りまでは平面交差が多く、その都度信号で停められてしまう。しかし、その先は立体交差になったところが多く、結構スムースに走れる。と思ったら、草加辺りから自動車の数が増えてきてしまった。

 道の駅の看板が現れる。「川口・あんぎょう」道の駅とある。これは寄ってみなければ。

 案内板の指示に従って、左折するも、そのまま一般道に出てしまう。当然そのまま道の駅の駐車場に入るものと思っていたのに。少々面食らいながら、一般道に曲がるとまた直ぐに道の駅の看板がある。しかし、それがどこを指す看板なのかが俄かには判らない。道の反対側の駐車場らしき場所には、レストランの駐車場のような看板がある。それでは無さそうだし。

 そのまま直進してみたが、しばらく走ってみてもそれらしいものは現れない。どうやら通り過ぎてしまったようだ。

 Uターンして戻ってきたら、先ほどレストランの駐車場と間違った場所がやはり道の駅の駐車場だったようだ。

 その駐車場らしい所に入ってみる。しかし、余り広くは無い駐車場で、おまけに満杯である。(後で調べたら小型141台分の駐車場があったらしい。でも、そこには2〜30台分のスペースしか見当たらなかった。あと100台分はどこにあったのだろうか。謎だ。)仕方がないからそのまま道路に出て、その隣の運動公園の駐車場に自動車を停め、そこの体育館のトイレを借りてしまった。

 結局、途中それほど渋滞もせず、所沢からは、新しく出来たらしい片側2車線のバイパスを使って、飯能市内に到着する。

 市内をあっちこっち回された後、案内図にある飯能大橋を渡り、直ぐに右折して、その飯能大橋の直ぐ上流の割岩橋だろう橋付近のそれらしい道を探してみる。しかし、その辺にあるだろう神社は見当たらない。同じ道を2回3回と探してみたが、お寺はあるものの、それらしい気配は感じられない。第一山の気配が全く無い。

 割岩橋らしき橋が本当に割岩橋かどうか橋の袂まで調べに行ってみたが、橋の名の書かれたところに変な標識が貼り付けられていて、それが読めない。でも、その橋の近くには材木やらしいものも存在するしなぁ。

 仕方がないから、その近くの山の中の公園みたいなところに登って行く道を走っていったら、その上のほうに広がる大きな団地の中に迷い込んでしまった。

 仕方がないから、その道を下ってきたら、地元の人らしきおじさんが通りかかったので、県営水道の配水場はどの辺かと聞いてみた。すると、そこから川沿いの道をまだ少し先に行ったところで、神社の先だと教えてくれた。そうか、その神社が三吉稲荷神社で、この川沿いの道沿いにあったのか。

 一度は行きかけて引き換えしてきたその道を更に先に進んでみたら、少し行った道の左側に神社の階段が見えてきた。

 案内図のボルダーの場所へは、その神社の先の路地を入った、県水配水所だかの辺りから山に登って行く様に書いてあるので、その道を探しながら走ったら、その配水所らしい所に入って行くそれらしい道が見つかった。しかし、入り口には進入禁止の柵が置いてあり、自動車は入れないようになっている。

 仕方がないから、神社まで引き返し、その道路わきの大きな空き地に自動車を停め、そこから歩いて行ってみる。

 案内図では、先ほどの道の大分手前の材木屋の脇に細い道が入っており、その道が先ほどの配水所への近道になっている様に見える。その道は奥まった民家への道のようだったが、その細い道を入っていったら、その民家のところで更に細くなり、配水所の周りの太い道に繋がっている。その細い道を進むと、その民家の裏の畑の脇から山の斜面に向かってしっかりと踏まれた踏み跡が入っている。多分この道だろうと、その踏み跡に入って行くと、そのまま山の斜面を登りだした。多分間違いないだろう。

 ほんの2〜3分も登っただろうか、その踏み跡から更に分岐する、やや踏まれた道があったので、その道に入ったら、その先で山肌に岩が露出していた。

 最初の岩が見え出してほんの少し行くと、踏み跡の脇に下部が少し被り気味の岩肌が見えてくる。近付くと、チョーク跡も残っている。この岩だ。やっと辿り着いたか。

 荷物を降ろし、支度をして、岩を触ってみる。

 少し外傾した数センチ幅のバンドがそのハングした面の中程辺りにほぼ水平に走っている。またそのバンドの付け根には僅かなリスも走っている。その下にはやはり同じようなスタンスに丁度良いバンドが走っている。しかし、その二つのバンドはお互いにずれていて、足があれば手が無く、手があれば足が無いという感じで、殆ど重なる部分は無い。

 案内文には、左から下ってきて右端で折り返し、往復するのが「鉄人トラバース」というこの岩の唯一の課題だと書かれている。となると、スタートは左端のカンテ辺りだろうと、その辺を探ってみたが、顕著なホールドは無い。上のほうにはガバホールドがあるのだが、そこでは少し上すぎる気がする。

 適当にバンドの途中から岩に取り付いてみたら、これが意外とホールドが無い。奥のリスには指は入らないし、バンドのリップは外傾しているし、おまけに壁自体が結構被っているから、ホールドしにくいのだ。

 案内文の写真と同じ格好をしてみようと、写真を良く見たら、左手はそのバンドを形成するフレークのサイドを持っている。その辺の場所を探ってみたら、結構ガバチックなホールドがあった。

 その縦ホールドとバンド奥のリスを使って、写真と同じような格好をしてみる。そして、相棒に記念撮影をお願いする。

 少し頑張っていたのだが、なかなかOKの声が聞こえてこないので、力尽きて落ちてしまうと、相棒がシャッターがなかなか切れずに、まだ撮影していないよという。そんなぁ。仕方なく、再度同じ姿勢をとる。

 一応記念撮影も終わったので、色々とホールドやムーブを探ってみる。

 持てそうなホールドの数が少ないから、なかなかムーブが繋がらない。上のほうの傾斜の変わるところのリップを使ってしまえば、ホールドもありそうなのだが、それでは面白く無さそうだから、多分そこは使ってはいけないのだろう。

 幾つかのホールドで幾つかのムーブを試してみたが、どうにもできる気がしない。

 なんだか細かい虫も飛んでいるようだ。何となく五月蝿い感じである。基本的にホールドが持てなくて次に動けないから、やっていても余り面白くは無い。その周りの岩は傾斜がないから、もっと面白く無さそうである。10級としても余りにも易しすぎてしまう。まぁ、写真も撮ったからもう帰るか。恐らく今までの岩場での最短滞在記録かもしれない。

 高麗川の鹿台橋のボルダーもできれば探しに行こうと考えていたから、そっちに行って見よう。

 帰りかけて、ふと気が付くと、腰につけていた小物入れの蓋が半分開いている。急いで中を確認したら、自動車の鍵が無い。ズボンのポケットにも鍵は無い。しまった。そこに荷物と相棒を残し、引き返して、荷物を置いた場所を探しに行く。

 荷物を置いたであろうと思われる場所を探してみたが、それらしいものは見えない。ここからこの辺に移動して、この辺でうろうろしてと、移動した場所も思い出しながら探してみたが見当たらない。そんなに広い場所でもないから、その場所は諦め、戻る道も再度探して見たが、やはり見つからない。

 荷物のところに戻り、ザックの中の荷物を取り出しながら捜してみたら、ザックの中にあった。ああ良かった。一安心。と思ったところで相棒に、認知症も大分進んだものだと笑われてしまった。

 高麗川は飯能の直ぐ隣の日高市にある。一応カーナビを鹿台橋にセットして走り出す。

 299号線から少しそれると、高麗川に掛かる鹿台橋である。ボルダーはその下流だとのことなので、鹿台橋の直ぐ近くの巾着田の駐車場に500円を払って自動車を停める。多分、その巾着の袋状に曲がった高麗川の川原にボルダーはあるだろうとの予測からである。

 巾着田の駐車場はほぼ満杯状態であったが、入り口付近の空きスペースに自動車を停め、バーベキューをやっているグループがいっぱいいる川原を下流方面に歩いてみる。

 川原は水量は殆ど無く、広めの小さな砂利の川原が続いている。こんな小砂利しかない川原にボルダーなんかあるのだろうか。両岸にも岩らしいものは見えないし。

 途中で、地元の人の様に見える自転車を押していたおじいさんに岩のことを聞いてみたが、やはり岩などはないという。

 名前が鹿台橋ボルダーだから、大分下流だと言っても、その下流の天神橋との間にはあるだろうと、天神橋と思しき橋が見え出す辺りまで行ってみたが、やはり川原にはボルダーらしきものは見当たらない。

 めげずに尚も進んでみたら、その天神橋と、そのほんの僅か上流に掛かる歩行者専用のあいあい橋だったかとの間の川岸にちょっとした露岩が見えてくる。あれだろうか。そのあいあい橋だったかを渡ってその露岩まで行ってみたが、登られている様子は無かった。

 その露岩の上に郷土博物館があったので、中を伺っていたら、中からどうぞと声を掛けてくれる。入館は無料らしい。折角だからと見学させてもらい、序に、近くにあるらしい弁天岩を聞いてみたが、聞いたことがないといわれてしまった。

 そこまでくれば、天神橋を渡って対岸に行き、巾着の口のところを少し行けば最初の駐車場だと、天神橋を渡ることにする。序に、天神橋の下流も見てみたが、それらしいものはありそうに無かった。

 駐車場の入り口の物産館だかでアイスクリームを買う序に、そこのおじさんに弁天岩のことを聞いたら、299号を秩父方面に少し行くと、地元の何とかと言うスーパーの少し先の川原にあると教えてくれる。ではと、高麗川沿いの岩を聞いてみたら、そこから少し上流の利摩支天神社の淵や、天神橋の下流の何とか岩があると教えてくれた。そのおじさんは、小さい頃水泳をやっていて、高麗川を堰き止めたプールで遊んでいたらしい。それで、色々な淵を知っていたらしいのだ。

 何とか岩は地図にその岩が載っていたから、もしその岩が鹿台橋のボルダーだったら、その名前を言うだろうからと、上流と下流の間違いかもしれないとの淡い希望を持って、上流の神社の岩に行ってみることにする。

 改修工事をやっている鹿台橋の歩行者専用の仮橋を渡り、高麗川沿いの大きな道路を秩父方面に歩いて行くと、教えられたお寺が出てきたので、その脇の細い道に入り、畑の中を進んでいったら、川の淵の方に神社が見えた。

 民家の脇を通って、鳥居を潜り、社の前のラジオ体操広場から階段で川原に降りる。

 確かに下流と上流に岩壁らしきものが見える。

 下流に行ってみたら、岩壁の基部は水没していた。上流は、傾斜が無かった。

 自動車まで戻り、今度は自動車で弁天岩まで行ってみる。

 おじさんに聞いたときには良く聞こえなかったスーパーは、御岳にもある埼玉や西東京では良く見かけるスーパーだったので直ぐにわかった。

 確かに道の脇の川原の岩の上に祠が見える。299号から川沿いの細い道に分岐し、自動車を降りて、見に行ってみたが、岩の基部はやはり水が着いている。それに登られている様子も感じない。何か違う感じだ。そのおじさんには、吾野にも弁天岩はあると教えられたが、そこまでは行かずに引き返すことにした。

 既に5時を廻っている。そろそろ食事をしてから用事のある場所に行けば時間も丁度良さそうである。これで帰ることにしよう。

 入間の町を走っていたら、飯屋が現れた。入ってみたら、一品ずつ好きなものを取れる定食屋だった。たいした成果も無かったが、肉野菜炒めを食べてしまった。

 朝出るときに、少し身体の調子が悪い感じだったが、それからの用事がメインだったから、大分早めに出てきた訳だが、やはり途中から頭痛がしてきてしまった。

 用事は早々に切り上げ、躊躇することなく外環を使って家に帰ってきた。帰りは行きには3時間ほどもかかってしまった千葉所沢間が、行きよりは一般道が空いていたとはいえ、1時間半ほどしかかからなかった。やっぱり有料道路は早いし楽チンだった。

 弁天岩、鹿台橋のボルダーは、今回の様にあいまいな情報ではなく、もう少し確実な情報を得てから、再度探しに行くことにしよう。その時は黒山の聖人岩も近そうだから、是非見てくることにしよう。


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作成年月日 平成17年 6月 1日
作 成 者 本庄 章