マッターの呟き

2000年11月7日記
 小生は今までマットを使わない派という意味でマットレス派という言葉を使ってきたのだが、このマットレスという言葉は非常に紛らわしい言葉であるという事が判明してしまったのだ。

 つまり、あのベッドや敷布団の代りに敷くマットレスと言われるマットを使う派という意味にも取れるのである。貧乏人のマット派という、全く正反対の意味にもなってしまうのである。

 そして、最近ボルダラーの他にマッターという言葉が有る事を知ったのである。ボルダーを登るのにマットを使う人達、或はあの馬鹿でかいマットを背負いボルダーエリアをうろうろする人種を言うらしいのである。それに対して、マットを全く使わない人達を真の「ボルダラー」と称するらしいのである。その他にもローパーとかネジラー、果てはビッターとか呼ばれる人達もいるらしいのだが。従って、間違ってもマットレス派という言葉は使わないらしいのである。

 とすると、小生はボルダラーではなく、まさしくマッターなのである。正統派のマッターなのである。だから残念な事に、本来はボルダラーと言いたいのだが、今後はボルダラーとは言え無くなってしまったのである。

 小生が最近属するようになったボルダリングチームには正しいボルダラーがいる。このボルダラーを見ていると、やっぱり出来ればマットは使いたくはないし、本当のボルダラーに憧れるのである。でも、年寄りの弱点はやはりなんと言っても関節、骨なのである。であるから、マットはどうしても離せないのである。これが無いと、そんなに高くない所から、ただ飛び降りただけでも下手をすると足を痛めてしまったりするのである。現に1mくらいの所から岩盤の上に飛び降りた時に岩の突起の上に飛び降りてしまい、3ヶ月程踵の痛みが引かなかった事が有った。多分骨にヒビでも入ってしまったのであろう。

 このマットを使うとボルダーのグレードは確実に1グレードは落ちる。下手をすると3グレード位い落ちてしまうものもあるかもしれない。ジムのあの一面に敷き詰められた分厚いマットからすると薄いし小さいのだが、あれが有ると無いとでは登り方が完全に違ってしまうのである。無理が出来るのである。それだけあのマットは威力を発揮するのである。だから、小生も時々ボルダラーに憧れ、ボルダラーの真似をしてみるのだが、廻りの人が気を遣ってくれて、マットを敷いてくれてしまうのである。

 やっぱり小生はマッターなのである。本当はボルダラーに憧れてはいるのだが、残念な事にマッターなのである。それも、自他供に認める、由緒正しい正統派のマッターなのである。

 うーん、仕方が無いからマットに的でも書いてボルダラーの真似でもしてみようか。でも、やっぱり、ボルダラーになりたい。だって、昔はマッターなんかいなかったのだから。今有る殆どの課題は、マット無しで初登されたのだから。


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作成年月日 平成12年11月 7日
作 成 者 本庄 章